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のあろぐ

「もぐらゲームス」・「Mogura VR」を立ち上げて運営している、のあPことNoahの個人ブログ。

問題を解決せずにストレスも溜めない生き方を目指したい


自分は根が真面目(こういう事を自分で言うやつに限ってまじめではない)だから、「問題というのは解決するものだ」という意識が前提にあるように思う。問題を解決していないときはとてもソワソワするし、ストレスを蓄積していってしまったりすることがある。問題に対する集中力が高すぎて、その問題以外のことに手がつかなくなってしまうのだ。他のことをやることができない。

この意識は、解決する問題が前提ならば、ものすごく役立つ意識だ、と思う。しかし、こと、これが「どうしても解決しない類の問題であるとき」、または「問題の難易度が高すぎるとき」はこの限りではない。例えば、「人の意識を変革する」という類のことは相当難易度が高いと思うし、基本的にはあまりトライしないほうがいい問題のように思う。そういう場合は、問題は努力で解決することはない、ように見える。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 しかし人生の問題はすべて人間関係である、とアドラー心理学かなんかでも言われているように、人間関係で悩むことはとても多いし、それを乗り越えられたら人生もっと楽しいだろうなと思うことも多いから、どうしても人間関係だとか、困難な問題に対し、努力してしまう。

もしそれが解決しないような種類の問題なら、その問題は放置しておくのが一番の解決策なのではないか、とは思う。しかし、自分は根が真面目だから(大事なことなので二回言った)、問題を放置しておく、ということがどうにも許せないのだ。それが自分に関わることであればあるほど、だ。

これは自分の性格を変えていくしかないんだとは思う。なるようにしかならないさ、という意識で、いい意味で問題をそのままにしておくことは、ある時には有益なのかもしれない。問題を解決せず、それでいてストレスも溜めない。

ただ、問題は放置しておくと大きくなるという説もある。その、大きくなった問題にも、ストレスを溜めずにいられるのかどうか。そのことを考えると、やっぱり不安になってしまうあたり、まだまだ、「問題を放置してもストレスを溜めない」という生き方からは程遠いのかもしれない。根が真面目だからだ。