のあろぐ

「もぐらゲームス」・「Mogura VR」を立ち上げて運営している、のあPことNoahの個人ブログ。

進撃の巨人を読んだ


進撃の巨人は今流行っており、流行っているからこそこれは時流に乗り遅れたらまずい、最近周りでも進撃の巨人の話をする人も多いし、みたいなことを考えながら一応目を通してみた。

僕は文芸批評みたいなことを専門的に勉強したことはないし、単に個人がどう感じたかということしか書けないが、マーケットとの乖離という意味での自分に対する恐怖を覚えた。

ストーリーはといえば、100年前ぐらいに巨人が突如攻めてきて、それの対処のため人間は非常に高い壁を築いて暮らしていたが、超巨大型巨人みたいな壁よりもはるかに高い巨人が来襲して壁は壊され、巨人が街になだれ込み人類は再び滅亡の危機に陥るのである、みたいな話である。

作中の巨人は基本的には何も食べなくても生きていけるのだが、人を特段食べるでもなくただ噛み砕くような不条理極まりない存在として描かれている。
ただし、どうも最近の流れはこれら巨人にまつわる謎みたいなものが徐々に深まっており、不条理性はやや薄くなってきているのではないか。

ここまでの流れは、壁の中でしか人類は生きられないという無力感や絶望感を巨人という「わかりやすい圧倒的不条理」を通じて描き出す感じ。
実は巨人より人間のほうが恐ろしいんじゃないの、みたいな感想も抱かせるが、基本的にそうした感情は全て巨人を起点にして想起させられるものであるという構成。

100年以上忘れ去られていた恐怖という意味でこれを震災の恐怖とかと重ね合わせる評価もあるようだが、いささかこじつけ感がある。
作者はそもそもそうした事を意識したわけではない訳だし、そもそもこれは震災前から描かれていたストーリーだ。
むしろ、そうした得体のしれないものがやってくる恐怖は、江戸幕府に対する黒船来航とかに近いんではないのか。これもこじつけだが。

で、これが商業ベースで流行っている理由が率直に言って僕にはわからなかった。
個人的にわりと面白いなとは思うのだが、ひろく受け入れられるほどの何かを持っているのかどうかという意味で。
わりとありがちだけどなかったということなんだろうか、このストーリー…

ただ実際は、このマンガがすごい!の一位であったり、アニメ化まで果たし世間的には大流行しているわけだ。
冒頭にも述べたように、流行している作品がマーケットに受け入れられる理由がわからなくなったということはわりと僕の中ではショックだ。
例えるなら、魔女の宅急便で黒猫と会話することができなくなった主人公のような気持ちだ。
今までだったら作品を割と素直に読めていただろうに、マーケット感の喪失みたいなことを味わってしまったという作品とは別のところでショッキングな作品だった。



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